足の外科虎の穴

足の外科を生業とする整形外科医 小林勇人のホームページ

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天皇杯準決勝 川崎フロンターレ vs アビスパ福岡 (4-2)

先日等々力競技場で開催された天皇杯準決勝、川崎フロンターレ vs アビスパ福岡の一戦を観てきました。長男が大のフロンターレファン(ジュニア会員)であり、その影響で私も静岡人ながら今シーズン3回目の等々力競技場での観戦となりました(ちなみに個人会員でもある…) 。今年のフロンターレの試合観戦は6回目(等々力3回、カシマ、埼玉、アイスタ1回ずつ)と、なぜか地元清水エスパルス(一応レギュラー会員)の観戦数3回(アイスタ2回、国立1回)より2倍多い(笑)。

選手バスの入り待ちをしていたら、偶然にもふろん太とのスリーショットに成功、長男は大喜びでした(鹿島アントラーズファンの次男の反応はまあまあ、長女は興味なし… )。左奥にカブレラもいましたが、ワルンタは見当たりませんでした。

試合は終始フロンターレが先行、前半を1-1で折り返し、後半に3点を追加するも終了間際に1点を返され4-2でアビスパに勝利しました。長男はご満悦、アンチフロンターレ(アントラーズファン)の次男はアビスパのユニフォームを着て面白くなさそうでした。

私としては生ゴミス(バフェティンビ・ゴミス選手)を観たかったのですが、この日は残念ながら出場機会はありませんでした。ゴールセレブレーションのライオンポーズを期待していたので、これはもう12月9日の決勝戦(@国立競技場)に行くしかなさそうです。

バフェティンビ・ゴミス選手

試合後は武蔵小杉駅からJR南武線で川崎駅まで行き、日も暮れた雨の中、川崎市立川崎病院を外から遠巻きに見学、病院の前で記念撮影をしました(長男の希望 ?)。その後は駅前で夕食を済ませ、京急に乗って横浜方面に向かい、黄金町のホテルで一泊しました。

翌日は日本初の都市型循環式ロープウェイであるYOKOHAMA AIR CABINに乗り、その後はランドマークタワーの展望フロアを見学した後、新横浜駅から新幹線で静岡に戻りました。

駿河湾フェリー・土肥金山

先日駿河湾フェリーを利用して清水港から土肥港まで行ってきました。今年2月に清水総合運動場体育館で開催されたB3リーグ(静岡ベルテックスvs 豊田合成スコーピオンズ)で頂い(当選した)、ペア往復チケット(5組10名様、額面¥8,000?)があったため、今回は子供料金(往復)¥1,900×3名のみでお得に駿河湾の旅が楽しめました。自宅を午前6時ちょうどに出発し、7:45発の第1便で土肥港に向かいました。

清水港と土肥港を結ぶ、駿河湾の航路は県道223(ふじさん)号と呼ばれており、船内のデッキには立派な道路(海路)標識もありました。

この日は曇り時々小雨でしたが、タイミング良く雲の切れ間から富士山も見えてとてもラッキーでした(自宅リビングからも見えますが… )。前々日に台風13号がちょうどこの辺りを通ったばかりでしたが、波も穏やかで出発から75分後の午前9時に土肥港に到着しました。

土肥金山は伊豆観光で目の前の国道136号線を通った際に、何回か休憩したことがありましたが、今回初めて観光坑道と資料館に行ってみました。料金は大人1,000円、小人500円でしたが、割引券でそれぞれ100円、50円の値引きをしていただきました。休日ということもあり、金塊のある黄金館は割と観光客で賑わっていました。

ギネス記録となっている250kg金塊(触り放題!)の時価は25億1千万円… 、2名の警備員が常駐し警戒にあたっていました。隣にあった12.5kgの金の延べ棒を手首だけで持ち上げようとしましたが、完全には持ち上がらず… 歳を感じました(昔なら持ち上げられたはず)。

長さ350mの観光坑道は気温が20℃前後とめちゃ涼しい。坑道内部では金のマスクをしたマネキン人形が当時の作業を再現しており、昔の人々のご苦労がうかがえます。

昼食は土肥温泉街の中華料理店(龍華)でいただきました。味・量ともに個人的には大満足でおすすめです。

食事後は腹ごなしに「世界一の花時計」がある松原公園に行ってみましたが、現在リニューアル工事中で何もなく残念賞となりました。なにやら津波避難タワーを作っているようでした。

その後14時50分土肥港発の第3便に乗船し、16時5分に清水港に到着、マリンパークに止めた自家用車で自宅に無事戻りました。

駿河湾フェリー限定 223ばうむ

四国巡り(高松・高知・松山・鳴門)

明石海峡大橋

先日夏休みを利用して四国巡りに行ってきました。明石海峡大橋、大鳴門橋を通って最初に高松市の栗林公園に向かいました。栗林公園は20年くらい前に屋島に旅行に行った際に訪れた記憶があります。また30年以上前の山口大学(1年)の夏休みに五色台国民休暇村(坂出市)のキャンプ場でバイトしたこともあり、香川県には割と楽しい思い出が多くあります。

栗林公園

1日目の晩に琴電瓦町駅(瓦町FLAG)まで夕食を食べに行ったところ、ちょっとしたハプニングが発生。地元香川ファイブアローズ(Bリーグ)の筑波拓朗選手(#7)と上良潤起選手(#93)がプレシーズンマッチのビラを配っており、チームスタッフのご好意で写真撮影をさせていただきました。わが家のがきんちょらもこれには大興奮。これからはベルテックスだけではなく香川ファイブアローズも応援しなくちゃ。両選手とも頑張れ!

琴電瓦町駅(瓦町FLAG)

2日目は朝食をたも屋[勅使(ちょくし)店]で讃岐うどんをいただき、こんぴらさん向かいました。休日10時過ぎのこんぴらさん界隈… マジで駐車場がなくて修羅場。周囲をぐるぐる周回してやっとのことで駐車場をゲットしました。参拝は門前町から785段目の御本宮まで登り、あまりの暑さのためそこで引き返しました。当初の予定であった1,368段目の奥社は熱中症が怖くて諦めました(-_-;)。

こんぴらさん

その後高速で一路高知県に向かい、桂浜、はりまや橋、ひろめ市場を観光しました。高知県を訪れるには、①大学受験(高知医科大学)で1回目、②中国四国医科学生バレーボール大会で2回目、③バイク旅行(四国一周)で3回目、④四万十川100kmマラソン(1995年)で4回目、⑤中部日本整形外科災害外科学会(2011年)で5回目、⑥高知竜馬マラソン(時期不明)で6回目、⑦今回の旅行で7回目となります。かなり遠方にある県ですが、昔から割と馴染みがあり懐かしい気がします。桂浜も立派な観光施設ができたなぁ~。

桂浜

3日目は高知市の日曜朝市で朝食を済ませ、高速で愛媛県の松山城および道後温泉に向かいました。ここは昨年11月に日本足の外科学会で訪れたばかりでしたが、家族旅行で外すわけにも行かないのでvieder kommen (再来)となりました。松山城では蛇口から出るポンジュース(大ジョッキ: ¥500)も頂きました。

高松城

道後温泉本館は現在大規模改修中で昨年に引き続き、今年も入場は叶いませんでした。結局この日は道後ハイカラ通りでお土産を購入し、ホテルの大浴場で道後温泉の湯を楽しみました。

道後温泉本館

4日目は高速で徳島市の阿波おどり会館に向かいましたが、予想通り子供らの反応はイマイチ… 。 お詫びに予定外であった眉山ロープウェイで展望台まで上がり、徳島市内の景色を楽しみました。サッカー好きの長男・次男は徳島ボルティスの本拠地、ポカリスエットスタジアム(鳴門市)ばかり探していました(笑)。

眉山ロープウェイ

その後鳴門市の渦潮を観に行きました。大鳴門橋の「渦の道」から見下ろす渦潮は迫力満点で、今回の旅行で一番印象に残っています。四国の一押しスポットでしょうか。遊覧船が渦潮の近くまで接近していましたが、衝突・転覆事故が起きないのが不思議です。

大鳴門橋

最終日は6時に鳴門市のホテルを出発し、神戸市内の渋滞を抜けて16時過ぎに静岡の自宅に到着いたしました。4泊5日の旅で走った距離は1,488km、とくかく疲れた… 。

鳴門の渦潮

清水エスパルス vs レノファ山口(1-0)

お盆休みにIAIスタジアム日本平で開催された清水エスパルスvsレノファ山口FCの一戦を観てきました。強い台風7号が本州に接近していましたが、幸い当日は暑いだけでなんとか無事に試合は開催されました。2日後にずれていたら 台風の影響で 新幹線・JRも運休となったため、試合も中止となっていたと思われます。

当日は日東富士製粉駐車場(有料¥1,000)に車を置き、スタジアムまで約30分かけて歩きました。昨年の浦和レッズ戦で日東製粉駐車場を利用した時は、エリアメールが鳴りまくるような大雨でしたが、今年は35℃の猛暑日でこれまた歩くだけでキツイ… 。末っ子はサンダルで靴擦れができてしまい、帰りは半泣きでした。

試合は終始清水が山口を押し込む場面が続くも、終盤までなかなか点が入らずストレスが溜まる展開。後半34分にやっと待望の1点が入り、そのまま清水が逃げ切って試合は終了。うちの子供らは初めてホームゲームでの勝利を観れたので大喜びでした。昨年はJ1でなかなか勝てなかったですからねぇ… 。

この日は子供たちの夏休み中で夜更かししても問題ない(?)ため、最後の「勝ちロコ」まで見てからゆっくりと帰宅しました。清水は現在J2の3位、自動昇格の2位以内を目指して残りの12試合も頑張ってもらいたいです。

ちなみに自分は山口大学出身なので実はレノファも好きです。J2に残留できるよう静岡勢(清水・磐田・藤枝)との一戦以外は密かに応援しています。

足の外科認定医

8月4日に日本足の外科学会認定医の認定証が届きました。随分と立派な賞状(認定証)なのですが、認定番号が「第000五号」というのが謎… 。今年から新たに認定医制度が始まりましたが、通し番号は①50音順、②入会の古株順、③都道府県順となるのが普通と思われますが、どうなっているのでしょう。

いくつか思い当たるのが④申請書類の到着順、⑤登録料の振込み順でしょうか。確か私の性格上、④も⑤もかなり早かった気がします。実際はどうなんでしょうか?